出産から1か月ほど経ったある日の夜のことでした。
次男がすでに寝入り、久々に長男と2人くっついて布団に入りました。
そうすると、長男がしくしくと泣いているのです。
「さみしい」
そう、ぽつりと言いました。
小さな声で「さみしい」を繰り返し、普段は長く泣かない長男が、泣き止みませんでした。
彼女は頭を思い切り殴られたような衝撃を受けて、
茫然としながら「ごめんね」と連発する自分も、
そんな空虚なことをつぶやきながら長男を抱きしめる自分も、
無能な母親に思えました。
“どうして長男のさみしさに気づいてやれなかったのか―。”
彼からのサインはいくらでも出ていたはずでした。
それなのに…
そんなあるとき、彼女はかつて読んだ『ちょっとだけ』という絵本の内容を思い返していました。
思い返していく中で、
「ママがいちばん大変なのだから。あなたにはこれまで十分愛情をかけてきたでしょ?今は赤ちゃんに時間を使わせてちょうだい」。
自分がしていたのはそういうことだと、まさに見透かされたような、そんなことを考えていたそうです。
そして、なんて身勝手だったのか、と悔いたそうです。
この世界に出てきた赤ちゃん、
初めて2人の子どもの育児をするママ、
そして、勝手に“お兄ちゃん”にされる長男、
それぞれが、それぞれの大変さをもって生活しています。
彼女の胸にわだかまっていたものの正体は「大切なときに自分ができたはずのことを怠った」という後悔、まさにそれでした。
長男の気持ちをくもうとしなかった後悔です。
そして長男にこう言われたのを思い出したそうです。
「おっぱいは寝ながらじゃなくて、座りながらあげて」
座りながらの方が話がしやすかったのか、自分に気持ちが向けられていると感じたのでしょう。
それを汲んでやれなかった。
さほど難しいことでもないのに。
彼女は無意識にそうしたことを彼に何も思わずくり返していたのでしょう。
長男が泣いた夜から彼女は、できるだけ長男の気持ちに寄り添うようにしたそうです。
出産からおよそ2年、長男とは今ではあの頃よりずっと良い関係になり、あの頃には想像できなかったほど兄らしく育ったそうです。
そんな長男を頼もしく思う毎日を過ごしていると、彼女は語っています。
いかがだったでしょうか。
人間、いっぱいいっぱいになってしまうと、
どうしても相手や周りの人のことを度外視してしまいがちです。
自分が一番可愛いのは、それは当然のことだと思います。
それは、自分が子どもを持ったとしたって、例外ではないと思います。
そんな中で、自分がやらなきゃいけないことを邪魔されれば、誰でも腹が立つでしょうね。
それでも、いったん一呼吸おいて、
子どもに接してあげることが大事なんですよね。
とても難しいことです。
人によっては想像を絶する難しさだと思います。
ただ、これを読んで、
「あ、他の人にだってそういうときがあるんだ」
「自分だけじゃないんだな」
そう、思ってもらえれば幸いです。